韓国の「泥のスプーン組の絶望」は、資本主義格差の極地かもしれない

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韓国の格差

ファン・ヒョンドンさんは、自身が通うソウル市内の大学キャンパスに近い6.6平方メートルの小部屋で暮らしている。浴室とキッチンは共同、米飯だけは無料で食べられる。家賃は月35万ウォン(302ドル)だ。

(中略)

ファンさんのような貧しい若者の恒久的な住まいになる例が増えている。ファンさんは「泥スプーン」組の1人を自称する。「泥スプーン」とは、社会的な成功をほぼ諦めた低所得世帯の出身者を指す言葉だ。

アングル:文政権下で広がる格差、韓国「泥スプーン」組の絶望 /ロイター通信

韓国は日本よりも遥かに受験戦争が活発です。

良い大学を出ず就職もままならず、高卒で他人の使いっぱしりか、それとも学生の時に苦労していい大学に通い良い会社に勤められるか。

日本でも同様の風潮はありますが、その差は圧倒的でしょう。

記事によると、金スプーンの対になる形で泥スプーンという表現が用いられ、「持つ者」と「持たざる者」と表現できます。

金スプーンが高所得者家庭の子供、泥スプーンが低所得者の子供というわけです。

韓国のムン・ジェイン大統領は格差是正を掲げていましたが、就任から格差は広がり、支持者からの失望を受けています。

クソ苦労して受験戦争をしている中で、格差だけでなく法相の娘の不正入学スキャンダルが起きてるからたちが悪いです。

スキャンダルはさておき、韓国だけではなく格差というのは世界各国問題とされています。

性質上避けられない「格差」

資本主義社会という性質上、格差というのはどうしても存在します。

人生のスタートラインがみんな同じという訳には行かないのですが、社会的な成功を自らの出生から諦めるしか無い層が居るという韓国の現状は、優秀な人を埋没させ社会的な損失にほかなりません。

トマ・ピケティの名著「21世紀の資本」には以下の公式が書かれています。

r>g (r:資本収益率 g:経済成長率)】

歴史的に見て、経済成長よりも、資本を運用して得た利益の方が大きいという式になりまうs.

資産をもっている人は更に資産から収益を得ます。

しかしながら、それは経済成長率を上回るため、どこから収益が回収されるかと言えば資本を持たない労働者たちからです。

資本主義は富めるものが富み、資産を持たない人は永遠に貧しくなっていく事を意味します。

問題なのは資産は世襲するために生まれながら貧乏、裕福という格差の世襲が進む事で、世代を超えて格差が広がり続ける事です。

韓国の大統領や前法相の権力を使ったスキャンダルを参考元の記事では書いていますが、私は資本主義の格差問題に目が行きました。

泥スプーン組が「頑張れば報われる」として受験戦争を続ける。

その先にあるのは比較的低所得ではない労働者、すなわちピケティでいうr>gの”g”側の人間である事には違いはないのです。

どうにかして”r”側の人間にならなければならない

引用元の記事の最後はこのように締めくくっています。

このスキャンダルは文政権発足以来最大となる抗議行動を数次にわたって引き起こしたが、生活に苦しむ多くの若者にとっては、裕福な家庭の出身者が両親の地位と資産の助けを借り、さらに優位に立つという実態を暴露する結果となった。

アングル:文政権下で広がる格差、韓国「泥スプーン」組の絶望 /ロイター通信

地位も資産と考えれば、

「良い大学に入れる」→「親が用意した良いポストに座る」→「自分の子供を良い大学に入れる」→以下無限ループ

という資本主義の格差拡大、資産の世襲が止まらない状態であると言えます。

資本主義の格差の極地といえ、負のスパイラルに完全に陥っている状態です。

この問題は資本主義であればどの国でも同様の問題を抱えています。

日本は総貧困化だの言われていますが、資本はどこかに集まっています。企業の内部留保とか、国民(主に高齢者)の貯金とか。

全然他人事ではなくて、社会福祉が手厚い日本は低所得でもなんとか生きていける国で、無能ほど救われる国です。

だからこそ、g側の人間ではなくてr側、すなわち資本を運用していく人間にならなければなりません。

資本収入>労働収入

ピケティのr>gを労働者に当てはめればこの様な図式になります。

人間五十年……ではなく、これから人間百年という時代です。

資本収入が労働収入を超えるのは難しくとも、資産運用していかなければ格差は広がり低所得者側になり続ける恐れがあります。

ピケティは最終的には中間層はなくなり、富裕層と貧困層の二極化となると断言しています。

資本主義という社会システムが変動することはありえず、我々は資本主義というシステムで生きていかねばなりません。

人の振り見て我が振り直せとまでは言いませんが、資本主義というシステムの中で資産を持ちそこから収益を得るというr側の考えが、今後更に重要になりそうです。

それではまた次回お会いしましょう!

※関連記事です。

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