浪費で経済を回しているという人は、後ろめたさがあるのではないか

節約

倹約家と浪費家の話は平行線である

とある倹約家が浪費家を

「そんなにお金を使ってもったいない」

と言えば、

  • 「逆にお金は使わなきゃもったいない、明日死んだらどうする?」
  • 「お金を使わなければ経済は回らないんだ、使わないなんて国を貧乏にする」
  • 「無理に我慢してストレスを溜めるなんて息苦しい」

と反論することでしょう。

何言ってんだ( ゚д゚) 、ペッ

どこの口がそんな事言うんだ!この口か! ( ‘д‘)つ))`Д´)グリグリ

本当に明日死ぬと思っているのか!?国のためにお金を寄付しているとでも言うのか!消費がストレス解消とかコスパ悪すぎるわ!

私は大変この言い訳に、悲しい思いを抱いています。

世の中の倹約家の方々が、消費欲求を抑えられない消費中毒者から、上記の心のない否定的な発言をうけているだろう事に心を痛めています。

決して私が言われたとかではないです、決して。

消費中毒者の声は反論する必要すらありません

哀れな消費中毒者は、経済を回すなんて自負もしてないし、明日死ぬなんて思ってません。

思ってもない事を言うのは、ただ単に我慢ができないことに対する後ろめたさを隠しているだけなのです。

そもそも消費とは一時的なストレス解消から、高いけど本当に良い物を買う場合など、一概にその行為が無駄かどうかは判別が付きません。

しかし節約は違います。可処分所得を増やす、お金を増やす行為です。

お金が増えるのを悪い、無駄という人はいません。

相対的に倹約は消費より”良い”行為であるのです、少なくとも倹約より浪費の方が良い道理はありません。

資本主義社会では確かに消費をしてくれれば嬉しいです。

浪費家の皆様には欲望に従い精々経済を回していただいて、倹約家の皆様は賢く資本家に近づきましょう( ・ิω・ิ)

消費は幸せを呼ばない、コスパ良く生きよう

浪費中毒者は、自分が支出を我慢出来ない、つまり欲望に従ってしまい自分を律することが出来ない残念な人間だと理解したうえで、それでも自分を肯定するために倹約を否定するのです。

100万円で10の幸せを感じる人よりも、1万円で10の幸せを感じる人のほうが、人生幸せになります。

しかし、100万で10しか幸せになれない人は、1万円で10幸せ感じる人を見て

「うわぁ、あんなので喜ぶなんてみすぼらしい。0.1分の幸せしかないじゃないか。」

と思うわけです。

実際は同じ幸せの量なのに、こんなふうに思ってしまいます。

どっちがかわいそうかは、賢明なこの記事の読者なら分かるでしょう。

一般的に節約でストレスを感じては無意味という理論は、このお金で幸せの交換コスパが悪い人が主に陥ってしまっています。

結果、無理に節約して何も楽しくないだろうに、お金だけ増やして不幸になっても意味がない、と思ってしまうのです。

人生にコスパを求めるのはお門違いかもしれませんが、小さな所に喜びを見出し、お金も増やせる高コスパ人間、それが倹約家なのです。

それではまた次回お会いしましょう。

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私は今年に投資を初めて、投資資金を捻出するために節約につとめました。結果、支出に罪悪感を覚える程度になりました。逆に支出を切り詰められるとこれ程無い幸せを感じます。もはや節約自体が幸せです。

昼飯はおにぎり2つだけです。帰る頃にはお腹が空いていますが、昼飯を食べた後の眠さが無いです。

これが貧乏人の思考です(母です)。私は母を尊敬していますが、一方でお金に関しては反面教師としていました。

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